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東京高等裁判所 昭和40年(行コ)47号 判決

控訴人(第一審被告) 東京都北多摩南部事務所長

控訴人(附帯被控訴人、第一審被告) 狛江町長

被控訴人(附帯控訴人、第一審原告) 財団法人電力中央研究所

主文

本件各控訴および附帯控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人狛江町長について生じた費用は同控訴人の負担とし、控訴人東京都北多摩南部事務所長について生じた費用は同控訴人の負担とし、附帯控訴について生じた費用は附帯控訴人の負担とする。

事実

控訴人東京都北多摩南部事務所長訴訟代理人は、「原判決中控訴人東京都北多摩南部事務所長敗訴の部分を取り消す。被控訴人の同控訴人に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、控訴人(附帯被控訴人)狛江町長訴訟代理人は、「原判決中控訴人狛江町長敗訴の部分を取り消す。被控訴人の同控訴人に対する請求はいずれも棄却する。本件附帯控訴を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人(附帯控訴人)訴訟代理人は、本件各控訴を棄却するとの判決ならびに附帯控訴として「原判決中附帯控訴人敗訴の部分を取り消す。附帯被控訴人狛江町長が附帯控訴人に対し昭和三八年四月三〇日付でした原判決別紙第一目録記載の不動産に対する差押処分はこれを取り消す。訴訟費用は第一、二審とも附帯被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否については、次に付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴人狛江町長訴訟代理人は次のとおり述べた。

(一)、昭和二七年四月、当時の狛江町長は、被控訴人に対し、狛江町に所在する電力技術研究所の固定資産について同年度の固定資産税を賦課したところ、当時は既に、民間学術研究機関の助成に関する法律および地方税法第三四八条第二項第一二号の規定が施行されていたにもかかわらず、被控訴人はなんの異議もなく、その後、昭和二七年度分として金四一六、五七〇円、昭和二八年度分として金五一四、一三〇円、昭和二九年度分として金九八七、三二〇円の各固定資産税を納付した。

(二)、被控訴人の電力技術研究所は、昭和二九年当時、狛江町に合計一二、七三七坪の敷地を占有使用していたのであるが、電力会社の電源開発計画が進行するに従つて研究設備が拡張増設されたため、敷地内に空地が少なくなり、急を要する研究設備すら建設する余裕がなくなつていた。そこで、被控訴人は、電力技術研究所のため、新しく延面積一、九八〇坪に及ぶ建造物を設置することを計画したが、それには当時の敷地に隣接して四、三二一坪の土地を取得する必要があつた。被控訴人は、右の土地のうち農地の所有者に対し買収の交渉をし、同年七月一五日、狛江町農業委員会に対して陳情書を提出し、右のような事情を説明したうえ、電力技術研究所が電力事業の唯一の総合中央研究所であることを強調して、農地の宅地転用の許可申請に関し特別の配慮をもつて取扱うことを請願した。

(三)、ところが、被控訴人は、その施設拡張につき右のように狛江町の協力を求めながら、同年一二月一九日、狛江町長に対して固定資産税免税の申請書と題する文書を提出し、電力技術研究所の固定資産について地方税法第三四八条第二項により非課税である旨の申立をした。そこで、狛江町が被控訴人財団を調査した結果非課税の恩典を受ける資格も必要性も全く無いことが判明したので、昭和三〇年五月、電力技術研究所の固定資産は非課税資産に該当しないとの結論に達した。

(四)、そのころ、被控訴人は土地買収のため地主と交渉していたのであるが、前掲申立の事実が知れわたつたため、被控訴人の買収交渉は難行したばかりでなく、狛江町としても課税できる農地を非課税と主張する被控訴人へ譲渡することに協力できなかつた。また、被控訴人の希望する土地の一部は狛江町道路敷であり、その大半は私有の農地であつたから、地主の同意がなければならないのはもちろんのこと、狛江町の議会及び農業委員会が協力しない限り、買収は不可能であつた。そこで、被控訴人は狛江町に協力を求めたので、双方の関係者は数回にわたつて会談し課税問題と買収問題とについて交渉し、狛江町としては、電力技術研究所の資産が非課税であれば財政収入が減少するので協力できないが、課税できる資産であれば財政収入に寄与するのであるから協力を惜しまないものとし、その態度は誰の目にも明らかであつたので、被控訴人を代表する者は、電力技術研究所に属する資産が非課税資産であることを理由として、賦課を争わないことを約束するから被控訴人の土地獲得に協力してくれるよう狛江町に申し出た。狛江町は、被控訴人に賦課処分を争われ訴訟になれば、経済的にも事務的にもその負担に耐えきれないので、当時の狛江町長は、町の行政の責任者として被控訴人の申出を受諾することが必要且つ最善の方途であると判断した。そこで、被控訴人及び狛江町は、狛江町が電力技術研究所の固定資産に対し固定資産税を賦課した場合に被控訴人は非課税資産であることを理由として賦課処分を争わないこと及び狛江町は被控訴人が当時予定していた敷地の取得に協力することを内容とする合意に達し、当時の狛江町長飯田敬輔と被控訴人財団法人電力中央研究所理事、電力技術研究所所長多田耕象とは、昭和三〇年六月二五日その旨の誓約書を取り交わし、同時に右合意に基き、被控訴人は昭和二九年一二月に提出した前掲の申請書を取り下げた。

(五)、当時、被控訴人が買収を予定した土地の所有者中には、買収に応じない者が多数あつたので、狛江町では町長、町議会議員その他関係者が町の財政収入に寄与するものであることを力説して地主を説得し、町議会議員西山柳己などは、自己の所有地を代替地に提供して譲渡の承諾を得ることに努力したほどであつた。また、電力技術研究所の旧敷地内にも、拡張部分にも町有の道路敷があつたので、狛江町は、被控訴人の希望により、これを低廉な価額で払下げた。さらに、被控訴人が狛江町に対し工事中の資材運搬および完成後の環境美化のため電力技術研究所周辺の道路について幅員の拡張および路面の補強を申し入れたので、狛江町は前掲合意の内容をさらに進めるため、資材運搬および工事落成に間に合わせようと他の個所に優先して道路工事を施行した。よつて、電力技術研究所の拡張工事は進行し、昭和三二年五月、その落成をみるにいたつた。また、狛江町が他地区に優先して多大な労力と費用をかけ道路を整備した結果、電力技術研究所の周辺は非常に整備されたのである。その間、被控訴人は、それぞれ、昭和三〇年度分として金一、九一三、四二〇円、昭和三一年度分として、金二、〇六四、四七〇円、昭和三二年度分として金二、〇六七、三九〇円の固定資産税を納付し、なんの異議もなかつたのである。

(六)、ところが、被控訴人は、昭和三二年一二月二六日、電力技術研究所の固定資産について地方税法第三四八条第二項により固定資産税は非課税である旨の文書を再度狛江町長に提出したので、狛江町が前掲合意の趣旨に沿い協力したことを明らかにして文書の撤回を説得したが、被控訴人は、昭和三〇年六月二五日の合意は無効であると主張して譲らず、さらに、被控訴人は、昭和三三年四月、既に納付した税金の返還を要求してきた。その後狛江町は、紛争を解決すべく、被控訴人の要求に応じて、旧狛江町道の敷地につき被控訴人のために所有権移転登記手続をしたにもかかわらず、被控訴人はついに昭和三三年中には固定資産税の納付をしなかつた。

(七)、以上のとおり、狛江町および被控訴人の間には、被控訴人の所有管理する電力技術研究所の固定資産が地方税法第三四八条第二項に該当するか否かについて紛争があつたので、双方は、昭和三〇年六月二五日、相互に譲歩して、狛江町は被控訴人に対し電力技術研究所の設備拡張のため被控訴人が土地を取得することに協力する義務を負担し、被控訴人は狛江町に対し電力技術研究所の固定資産が前掲規定に該当しないという判断に基づく狛江町の課税処分について狛江町の判断を争う権利を放棄することによつて、前掲紛争を確定的に廃止することに合意し、狛江町は町有の土地を譲渡しかつ拡張部分の他の地主を説得して被控訴人の希望する土地全部を予定どおり入手させたほか拡張工事に各種の便宜を提供した。右の合意は、仮りに納税者が非課税の特典を受ける資格者であるとしても、その納税者が課税権者から恩恵を受けるために、自己の有する資格を放棄して他の納税者と同一の租税納付義務を負担することを内容とするものであつて、非課税の特典を受ける資格については、これを放棄することが禁止されていないのはもちろんのこと、資格の放棄を規制する明文もない。したがつて、資格を放棄することも資格の放棄を約束することも許容されるのが当然である。すなわち、地方税法第三四八条第二項第一二号は、民法第三四条の法人で学術の研究を目的とするものに対し、消極的に、その学術の研究のため直接その研究の用に供する固定資産について固定資産税を非課税とすることにより民間学術研究機関の助成に関する法律に基づくかかる法人に対する助成の目的を補完するものである。同法に基づく補助金の恩典はこれを受ける資格を有する者が自由に放棄できるものであつて、これと同様に、非課税の特典を自由に放棄することは、何ら禁止すべき理由がないのである。したがつて、納税者は、同号に該当する研究設備の全部又は一部について非課税の特典を放棄しまたはその放棄を約束することができるものというべきである。右のとおりであるから、被控訴人は、かりに地方税法第三四八条第二項第一二号に該当するとしても、非課税の特典を将来にわたり放棄し、既に賦課された分については、その適法性を争わないことを合意したものであるから、本件固定資産税の賦課処分の取消を求める被控訴人の主張は理由がない。

被控訴人訴訟代理人は控訴人狛江町長の右主張に対し次のとおり述べた。

(一)、前記(一)の事実は認める。被控訴人が昭和二七年乃至昭和二九年度分の固定資産税を異議の申立をすることなく納付したのは、当時被控訴人は設立早々であつて、内部組織、研究機構の整備に忙殺され、この種課税法規に対する認識が足りなかつたことによつて生じた事務手続上の誤りによるものである。しかしながら、過去の年度において誤つて納税したからといつて、その後の固定資産税賦課処分に対し非課税規定の適用を主張することの妨げとなるものでない。

(二)、前記(二)の事実中、電力技術研究所の設備拡張の必要が生じたのは、控訴人等の主張するように電力会社の電源開発計画が進行するに従つて研究設備が拡張増設されたため敷地内に空地が少なくなつたからではなく、電力技術研究所が総合研究所として土木、電気、機械、化学等電気の発生、伝送、消費に関する研究をするについて従来の設備では不十分であつたため、これを拡張充実しなければならなくなつたことによるのである。その余の事実は認める。

(三)、前記(三)の事実中被控訴人が控訴人狛江町長に対し昭和二九年一二月二〇日固定資産税の免除申請書を提出し、電力技術研究所の固定資産は地方税法第三四八条第二項第一二号により非課税である旨の申立をしたことは認めるが、その余は否認もしくはこれを争う。右申請書提出当時、被控訴人が狛江町長に対し私有農地の買収について協力を求めた事実は全くない。被控訴人は同号の適用を受ける法人であり、同号は民間学術研究機関の助成に関する法律の規定と異り、被控訴人が同号に該当する限り当然その適用を受けるべきものであつて、課税庁において必要性を裁量する余地などは全く存しない。

(四)、前記(四)の事実中、そのころ、被控訴人が土地買収のため地主と交渉していたこと、被控訴人の希望する土地の一部は狛江町道路敷であり、その大半は私有農地であつたこと、狛江町と被控訴人の関係者が数回にわたつて会談し課税問題と買収問題とについて交渉したこと、狛江町長飯田敬輔と被控訴人理事電力技術研究所長多田耕象との間に昭和三〇年六月二五日誓約書を作成交換したこと、同日被控訴人電力技術研究所所長代理矢萩富吉が前記固定資産税免除申請書を取り下げたことは認めるが、その余は否認もしくはこれを争う。

被控訴人の土地買収交渉が当初は順調に進んでいたにもかかわらず途中から難行したのは、買収価格について地主と被控訴人との間に意見が合わなかつたからではない。また、狛江町道路敷は本来固定資産税の徴収不能の土地であり、農地の転用は農地法上の問題であつて、これらは被控訴人の固定資産税問題とはなんら関係のない事柄であつたのである。しかるに、狛江町長等は、被控訴人の土地買収交渉が進むや関係地主を糾合して何事かを画策した結果、それまでに順調に進んできた地主との買収交渉も一頓挫をきたしたので、被控訴人の土地買収の責任者であつた電力技術研究所所長多田耕象は昭和三〇年六月二五日狛江町長飯田敬輔との間に、狛江町長は敷地斡旋ならびに町道の払下等のすべてに便宜を計ること、被控訴人は狛江町の町税に寄与し、その他の便宜を計ることを記載した誓約書を取り交わし、前記免税申請書も同日付を以て土地買収の担当者であつた技術研究所所長代理矢萩富吉が「今回」これを取り下げることにしたのである。

右誓約書の趣旨は、前記経緯からも明らかなように、狛江町において前記策動を取り止め、町道の払下げその他に協力する代りに、被控訴人において町財政に寄与し、その他の便宜を計るというものであり、控訴人等の主張するように、狛江町長が固定資産税を賦課した場合に、被控訴人が非課税資産であることを理由として賦課処分を争わないことを約したものではない。電力技術研究所の固定資産が本来課税されるべきものであれば、被控訴人としては当然固定資産税を納付する義務があるのであるから、特にこのような誓約書をとつてまで右免除申請書を取り下げさせる必要はなかつたのであり、また、今回に限りこれを取り下げる趣旨の取下書を提出させる必要もなかつたのである。まして、被控訴人として固定資産税を納付するほかにその他の便宜を計る必要などは全くなかつたのである。したがつて、当時の狛江町長としては、前記固定資産が本来非課税であることを十分に認識しながら被控訴人の土地買収の機に乗じ被控訴人からなんらかの出捐をなさしめる目的を以て前記のような誓約書に調印せしめたものであつて、控訴人狛江町長が右誓約書を以て被控訴人をして非課税の恩典を受ける権利を放棄せしめたものとして本件賦課処分の根拠としているのであれば、違法といわなければならない。それ故、右誓約書の作成ならびに免除申請書の取下げに至る一連のことはは、町財政に寄与する手段としてなされたものと解すべきであり、免除申請中のものを含めて過去のものは争わない趣旨において前記免除申請書は今回取り下げられたに過ぎないのである。

(五)、前記(五)の事実中、拡張部分に町有の道路敷があり、被控訴人がその払下げを受けたこと、狛江町が工事中の資材運搬及び完成後の環境美化のため技術研究所周辺の道路について幅員の拡張および路面の補強をしたこと、昭和三二年五月電力技術研究所の拡張工事が完成したこと、その間昭和三〇年ないし昭和三二年度分として被控訴人が控訴人等主張の固定資産税を納付したことは認めるが、その他は争う。

被控訴人の土地買収が成功したのは、町有の道路敷を除けば、本来順調に進んでいた買収交渉が、狛江町長等の策動がやんだので元の姿に復したに過ぎない。また、道路敷については、旧敷地内に存した町有の道路敷は、既に昭和一七年の狛江村議会において、旧日本発送電株式会社が旧敷地北側に巾員三間の私道を新設しこれを町民の利用に供することを代償に村道廃止の議決をなし、廃止された村道と新設された私道との差坪に対し金一五円を乗じた価格を以て払い下げることになつていたのを、電力技術研究所の敷地拡張を機会にこれを履行したに過ぎない。しかして、被控訴人は、拡張部分に存した町道六八坪二八の払下げを受ける代償として、前記誓約書の趣旨にしたがい、前記北側道路以外に、電力技術研究所の周辺南側、東側、西側に道路用地として合計八〇一坪五二の敷地を提供し、かつ、町道第二号線(南側道路)およびこれに接続する町道第四八号線を改修するに当つては改修費の三〇%に当る金七五万円を負担し、町財政に寄与したことはもちろん、狛江町及びその町民に対しても多大な便宜を与えているのである。その結果、工事中の資材運搬及び完成後の環境美化に役立つたことは事実であるが、その利益を長く享受する者は被控訴人のみに限られないのであつて、これによつて狛江町およびその町民は今もなお多大な便宜を受けていることはいうまでもない。

(六)、前記(六)の事実中、被控訴人が、昭和三二年一二月二六日付および昭和三三年四月一六日付を以て、狛江町長に対し、電力技術研究所の固定資産は地方税法第三四八条第二項第一二号により非課税である旨の文書を提出したこと、狛江町が登記手続に協力したこと、被控訴人が昭和三三年内に同年度の固定資産税を納付しなかつたことは認めるが、その余はこれを争う。

被控訴人は、会計を監査する公課会計士から研究担当者の予算要求にも応じられない財政状態でありながら非課税資産である研究用固定資産について固定資産税の非課税申告手続をしないことについての非妥当性を批判されたので、その是正のため申立書を提出したのである。

(七)、前記(七)の事実は争う。昭和三〇年六月二五日付誓約書が被控訴人において賦課処分を争う権利を放棄したものでないことは前述した通りであるが、仮りにこれを控訴人狛江町長の主張のように解するとしても、納税義務の成立とその内容範囲はもつぱら租税法規によつて定められ、私法上の金銭債務とは全く性質を異にし、同控訴人の主張するような課税権者と納税義務者との間の意思表示の有無により課税権の発生を左右することはできないものであつて、非課税の権利の放棄または放棄の約束が許されると解する余地はないのであるから、同控訴人の主張は何ら理由がない。

(証拠省略)

理由

第一  控訴人狛江町長に対する請求について

一  固定資産税および都市計画税の賦課処分の取消請求について

被控訴人が民法第三四条の規定に基づき、昭和二六年一一月七日公益事業委員会の許可を得て設立された公益法人であること、控訴人狛江町長が被控訴人に対し、被控訴人主張のとおりその所有の固定資産につき昭和三五年度から昭和三九年度までの固定資産税および都市計画税の賦課処分をしたことおよび被控訴人が右の各賦課処分に対しその主張のとおり控訴人狛江町長に対し異議申立および東京都知事に対し訴願申立をし、右の異議および訴願を棄却する決定および裁決が被控訴人主張のとおりなされたこと(但し、昭和三六年度分の都市計画税について訴願をし、裁決を得たとの点を除く。)は当事者間に争いがない。

(一)  昭和三六年度分の都市計画税の賦課処分に関する訴願申立の存否について

昭和三六年度分の都市計画税の賦課処分に対する被控訴人の異議申立につき控訴人狛江町長がした棄却決定に対し被控訴人は訴願を申立てたものと認めるのが相当であり、右の賦課処分の取消しを求める本件訴の提起は適法と認められるところ、その理由は原判決の理由の示すとおりであるから、同判決理由第一の一のA(同判決三八枚目表八行目から三九枚目裏一行目まで)を引用する。

(二)  本案について

地方税法第三四八条第二項は、民法第三四条の法人で学術の研究を目的とするものがその目的のため直接その研究の用に供する固定資産(同条同項第一二号)に対しては固定資産税を課することができない旨を定めており、同法第七〇二条の二第二項は、市町村は右第三四八条第二項等の規定により固定資産税を課することができない土地または家屋に対しては都市計画税を課することができない旨を規定しているところ、被控訴人は民法第三四条の法人で学術の研究を目的とするものであり、本件各固定資産税および都市計画税の賦課処分の対象となつた不動産は被控訴人の目的遂行のため狛江町に設置された電力技術研究所において直接研究の用に供されているものであると当裁判所は判断する。その理由は次に訂正、付加するほか、原判決の理由に説示されているとおりであるから同判決理由第一のBの(一)、(二)(同判決四〇枚目表三行目から五九枚目表六行目まで)を引用する。

右引用部分中、原判決四二枚目裏四行目から六行目(同ページ一八行目)までに「『学理的研究ならびにその応用に関する研究』をいい、しかも『学術又は産業の振興上重要な研究』を意味するものと解するのが相当である。」とあるのを「学理的研究ならびにその応用に関する研究をいうものと解するのが相当である」と、同五一枚目表三行目に「原告会社」とあるのを「原告法人」と、同五七枚目表四行目に「ロンボ計画」とあるのは「コロンボ計画」と訂正する。

右の引用部分に次のとおり付加する。

地方税法第三四八条第二項第一二号においては、「民法第三四条の法人で学術の研究を目的とするもの」と規定し、民間学術研究機関の助成に関する法律(以下助成法という。)第二条では「民法第三四条の規定により設立された法人で学術の研究を目的とするもの」と規定しているが、右は単に表現の相違であつて、原判決引用部分に示すとおり、両者を別異に解すべき理由はなく、地方税法の右の規定が設けられた趣旨、沿革からみて、その適用の対象となる法人は、助成法の適用の対象となる法人と同様に解すべきものである。しかして、助成法の適用対象となる法人は文部大臣の監督に属する法人のみに限られないことは右引用部分の示すとおりであり、助成法の目的(第一条)が、学術の振興のみならずわが国の産業の振興にあることからみても、被控訴人は、その設立許可が公益事業委員会によつてなされ、その後通商産業大臣の監督に属するに至つたからといつて、「民法第三四条の法人」の形式を借りているものに過ぎず、「学術の研究を目的とするもの」に該当しないと断ずることはできない。もつとも、成立に争いのない乙第四、第三二、第三三号証、第三六号証の一ないし六によれば、被控訴人は、第二次大戦後電気事業再編成により設立された九電力会社の発起により、右各社の寄附に基づき財団法人電力研究所として設立され、当時清算手続中の日本発送電株式会社の電力技術研究所の用地、建物および施設を譲り受けて発足したものであること、右設立許可の条件として事業者団体法に基づく手続をなすべきことが指示されていること、当時公益事業委員会に提出された設立許可申請書に添付された設立趣意書、同委員会における被控訴人の設立許可の決議に関する書面ならびに被控訴人の発行した「電力中央研究所要覧」というパンフレツト、被訴訟人が昭和二九年七月狛江町農業委員会に提出した農地買収に関する陳情書等には、被控訴人が九電力会社の共同研究所である趣旨の記載があり、九電力会社と被控訴人の事業とが密接な関係にあることが認められ、右の事実からみれば、被控訴人は、九電力会社が日本発送電株式会社の研究所を引継ぎ、もつぱらこれを利用するために設立されたかのような観があることは否定しえない。しかしながら、電気事業の再編成後における電気事業者は九電力会社にほとんど限られ、わが国の電気事業は右九電力会社の事業といつても過言でない状況にあることは公知の事実であり、このため「共同研究所」というような表現が用いられたもので、その趣旨は電気事業一般のための研究所というのと同様であると解するのが相当であり、また、被控訴人が事業者団体法第二条の規定する事業者団体として取扱われたとしても、同法にいう事業者団体とは「事業者としての共通利益を増進することを目的に含む」団体であつて、これを主たる目的とする団体には限られていないから、これをもつて、被控訴人が特定の企業の研究部門としてその利益に奉仕するためにのみ事業を行うものと速断するのは妥当でない。被控訴人が「学術の研究を目的とする法人」に該当するかどうかは原判決引用部分に示すとおり、被控訴人の寄附行為に定める目的および事業ならびにその運営の実体について判定すべきものであり、これによれば原判示のとおり被控訴人は「学術の研究を目的とする法人」と認めるのが相当である。なお、被控訴人の寄附行為中その目的(第二条)には「電気事業一般業務の能率化に寄与することを目的とする。」旨の記載があるが、右のように産業の特定の分野に貢献することを目的とする研究機関であつても、その事業の内容が学術の研究と認められるものであれば、それが排他的に特定の会社等の企業の利益にのみ奉仕することを目的とするものでないかぎり、「学術の研究を目的とする」公益法人と認めるに妨げないものと解すべきである。

以上のとおり本件課税の対象となつた固定資産は地方税法第三四八条第二項第一二号に該当する固定資産と認められるところ、控訴人狛江町長は、被控訴人は昭和三〇年六月二五日狛江町長に対し非課税の特典を将来にわたり放棄したものであるから、同控訴人の本件固定資産税等の賦課処分は違法でないと主張するのでこの点について判断する。

被控訴人が狛江町に対し昭和二七年度から昭和二九年度までの固定資産税を異議なく納付したこと、昭和二九年頃被控訴人は狛江町所在の電力技術研究所における研究施設の拡張の必要を生じ、隣接農地を買収するため、狛江町農業委員会に対し右農地の宅地転用許可につき陳情する一方、同年一二月一九日狛江町長に対し固定資産税免税の申請書を提出し、電力技術研究所の固定資産は地方税法第三四八条第二項第一二号に該当する旨を申立てたこと、被控訴人の前記農地買収が難行したため、被控訴人および狛江町の関係者らが課税問題および農地買収問題について接渉し、昭和三〇年六月二五日当時の狛江町長飯田敬輔と被控訴人理事電力技術研究所長多田耕象との間に誓約書を取り交わし、同日被控訴人は前記固定資産税免除申請書を取り下げたことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第三四、第三五号証、当審証人飯田敬輔、同吉岡金四郎の証言によれば、被控訴人が前記のとおり昭和二九年末頃技術研究所の固定資産につき免税の申請書を狛江町に提出した後、当時の狛江町長飯田敬輔と技術研究所長代理矢萩富吉とが接渉したところ、被控訴人側は非課税を主張して容易に譲らないため、狛江町長はそれなら狛江町は電力技術研究所内にある町道を被控訴人に使用させないと応酬し、結局両者は合意に達し、昭和三〇年六月二五日同町長と被控訴人理事電力技術研究所長多田耕象との間で、狛江町は被控訴人に対し誠意をもつて電力技術研究所の敷地斡旋ならびに町道の払下等の総てに便宜を計ること、被控訴人は狛江町に対し町税に寄与し、またその他の便宜を計ることという内容の誓約書を作成し、同日電力技術研究所長代理矢萩富吉名義で「過般申請中でありました財団法人電力中央研究所の研究施設に対する固定資産税免税の申請書は今回取り下げ致します。」と記載した取下書を狛江町長宛に提出したこと、その後被控訴人は昭和三〇年度から昭和三二年度までの固定資産税等を納付していたが、昭和三三年一一月頃に至つて再び非課税扱いの申請書を狛江町長に提出したことが認められる。

ところで、控訴人狛江町長は、被控訴人との間で取り交わした右の誓約書中の「町税に寄与し」とあるのは、被控訴人が非課税の特権を将来にわたり放棄したものであると主張し、被控訴人はこれを争うところ、当審証人飯田敬輔、同吉岡金四郎の証言に、前記のとおり同日被控訴人が免税の申請書を取り下げ、昭和三三年一一月頃までは異議なく固定資産税を納付していた事実を併せ考えると、右の被控訴人の誓約は当時狛江町と被控訴人との間で問題となつていた固定資産税等を被控訴人が納付することを約束したものと認められる。しかしながら、被控訴人の右の誓約は、その文言からみて、また、成立に争いのない甲第九号証によつて認められるように、右の誓約書が作成された昭和三〇年六月当時被控訴人は東京都千代田税務事務所長に対しても被控訴人の固定資産(償却資産)につき、非課税扱いの申請をしていた(右の申請は容れられ同年七月二八日同税務事務所長から不課税の通知がなされた。)状況に照し、被控訴人が狛江町長の当面の固定資産税等の賦課処分を争うことなく事実上納税という形式によつて町財政に寄与することを約束したに止まるものと認めるのが相当であつて、控訴人狛江町長が主張するように、被控訴人が地方税法の前記規定に基づく非課税の特典あるいは狛江町長の課税処分に対する異議申立権を将来にわたり放棄したものとは解しがたい。当審証人飯田敬輔の証言中右の主張に添う部分は採用しがたく、他に右の主張を認めるに足る証拠はない。また、かりに、同控訴人の主張するような行為が被控訴人によりなされたとしても、控訴人の本件固定資産税等の賦課処分を適法ならしめるものではない。けだし、納税義務は法律の定めるところによつてのみ発生するとともに、画一的に規律され、法律により一定の要件を具備する場合には課税することができないものと規定されている場合には、右の要件を具備するかぎり納税義務を発生せしめる余地はないものであり、課税権者と納税義務者との合意あるいは納税義務者の一方的行為によりこれを左右することはできないと解されるからである。これを本件についてみれば、地方税法第三四八条第二項第一二号および同法第七〇二条の二第二項の非課税の規定は、民法第三四条の法人で学術の研究を目的とするものを助成するために政策的に設けられたものであることは控訴人狛江町の主張するとおりであるが、右のように一定の固定資産が固定資産税および都市計画税の賦課処分の対象から法律上除外されている以上は、それが政策的な規定であるか否かにかかわらず、右の固定資産につき市町村長に課税権を発生せしめる余地はなく、市町村長と当該固定資産を所有する法人との間の合意によりあるいは右の法人の非課税の特権放棄ということによつて、課税処分を適法ならしめることはできないものと解すべきである。よつて、控訴人狛江町の前記主張は理由がないというべきである。

以上のとおりであるから控訴人狛江町長の本件固定資産税および都市計画税の各賦課処分は違法であり、その取消しを求める被控訴人の請求は理由がある。

二  差押処分の取消請求について

控訴人狛江町長が滞納処分として原判決別紙第一目録記載の被控訴人所有の不動産に対してなした本件差押処分は、違法ではなく、この点に関する被控訴人の主張はいずれも理由がないと認めること原判決の理由に示すとおりであるから、同判決理由第一の二(原判決五九枚目表一一行目から六三枚目表九行目まで)をここに引用する。

右のとおりであるから、本件差押処分の取消しを求める被控訴人の請求は理由がない。

第二  控訴人東京都北多摩南部事務所長に対する請求について被控訴人が民法第三四条の規定に基づき昭和二六年一一月七日公益事業委員会の許可を得て設立された公益法人であること、被控訴人は昭和三三年一一月二六日付で原判決別紙第二目録記載の土地を売買により取得し、昭和三二年一〇月一五日から昭和三四年一〇月一七日にわたり同目録記載の建物を新築および増築により取得したこと、控訴人東京都北多摩南部事務所長が被控訴人に対し、右の土地および建物の取得について被控訴人主張のとおり不動産取得税の賦課処分をしたこと、被控訴人は、その主張のとおり、右の賦課処分に対し異議申立をし、これが棄却されたことは当事者間に争いがない。しかして、地方税法第七三条の四第一項によれば、「民法第三四条の法人で学術の研究を目的とするものがその目的のため直接その研究の用に供する不動産」(同条同項第六号)として使用するために不動産を取得した場合においては、当該不動産の取得に対しては不動産取得税を課することができないものであるところ、被控訴人が「民法第三四条の法人で学術の研究を目的とするもの」であることは、前記第一の一の(二)に示すとおりであり、原判決別紙第二目録記載の土地および建物は被控訴人がその目的のために狛江町所在のその電力技術研究所において直接研究の用に供するために取得したものであることは弁論の全趣旨により認めることができる。

よつて、東京都北多摩南部事務所長のした本件不動産取得税の賦課処分は違法というべきであり、その取消しを求める被控訴人の請求は理由がある。

第三  結論

以上のとおりであるから、被控訴人の控訴人狛江町長に対する請求は、差押処分の取消しを求める部分を除き正当としてこれを認容すべく、右の差押処分の取消しを求める請求は、理由がないものとしてこれを棄却すべきものであり、控訴人東京都北多摩南部事務所長に対する請求は正当としてこれを認容すべきものである。よつて、右と同旨の原判決は相当であり、本件各控訴および附帯控訴はいずれも理由がないから、これを棄却するものとし、民事訴訟法第八九条、第九三条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 上野宏 外山四郎)

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